お葬式でもらう塩ってなに?使い方や忘れ時の対処法を紹 | 相模原・八王子・多摩で低価格で高品質の葬儀なら【雅葬会】

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葬儀の豆知識
お葬式でもらう塩ってなに?使い方や忘れ時の対処法を紹
お清め

お葬式に参列するとお香典返しなどと一緒にお清めの塩を渡される場合があります。

お清めの塩とは何なのか、どう使うものなのか、お葬式に初めて参列する場合にはわからない人も多いでしょう。

 

この記事では塩によるお清めとはどういうものなのかを正しいやり方やその由来、余った塩はどうするかなどを説明いたします。

 

葬式で渡されるお清めの塩とは?


神道において死は穢れ(けがれ)とされており、人の死に際して寄り付いてきた邪気を払うため、身体を清める清めの塩を振る儀式を行うことが必要とされていました。

日本のお葬式で一般的に普及しているのは、仏教によるお葬式ですが、仏教では死を穢れとして扱っていないため清めの塩は必要としていません。

 

仏教が主な宗教となった今でもお清めの塩の習慣が残っているのは、日本古来の宗教は神道であることや、地方の慣習や迷信との結びつきが強く残っていること、神仏習合によって神道と仏教の境界があいまいになってしまったことによるもの、といわれています。

 

多くの人はお葬式の風習としてお清めをしているという程度ですが、浄土真宗では「亡くなったとたんに死者を穢れ扱いすることは冒涜である」「浄土真宗では迷信に頼らない、囚われないという宗旨なので、清め塩は廃止すべき」としてお清めの塩の廃止を主張しています。

 

このことを一因として浄土真宗では、京都の宮津市で清め塩問題と呼ばれる騒動も起きているため、注意が必要です。

 

お清めの塩の使い方


葬式

2002年に40~69歳までの900名に行われた第一生命のアンケートでは、「清め塩を撒く(気にする)」人が54.3%、「撒かない(気にしない)」人が44.6%となっており、2015年に100名に行われたあるアンケートでは、6割の方が「撒く」4割が「撒かない」という結果となっています。

 

世間的には意見が半々に分かれており、お葬式に行く際にはお清めの塩の使い方は、覚えておきたいところです。

ここからは具体的なおきめの塩の使い方をご紹介しましょう。

 

1手を洗う


お清めの塩を振る前に手を洗うことが必要とされており、葬儀に参列しなかった人が家にいる場合はその人に玄関に入る前に手に水をかけてもらいましょう。この手順は省略されることもあります。

 

2玄関に入る前に清める。


玄関の中でお清めを行うとすでに穢れが家の中に入ってしまっているということになりますから、お清めの塩を振るのは必ず玄関の敷居をまたぐ前に行わなくてはなりません。

人目が気になったり玄関先を汚したくないという気持ちがあったとしても、お清めを行うのであれば玄関に入る前でないと意味がなくなってしまうのです。

 

3胸・背中・足元の順版で清めてゆく


穢れは血の巡りに乗って全身をめぐると考えられているため、胸・背中・足元の順番にかけていきます。塩を一つまみしてそれぞれの場所に振りかけた後軽く払い落とすだけですが、同行者や家族がいる場合にはその人に振りかけてもらうと魔よけにもなるとされています。

 

4足元の塩を踏む


身体の三か所に清めの塩を振りかけて払い落とし清めることができたら、最後に足元にある塩を踏んで穢れを完全に浄化させお清めは完了となります。

玄関前の塩が気になる場合は、すぐに掃除してしまっても何の問題もありません。

 

葬式のあとに塩で清めるのを忘れたら?


葬式から帰宅してお清めの塩を振ることをうっかり忘れてしまった場合でも何ら心配することはありません。

お清めを忘れてしまった場合、一度玄関の外に出てお清めの塩を身体に振りかけましょう。

 

すでに喪服を脱いで部屋着に着替えてしまっていたという場合は、もう一度も服に着替えなおしてから玄関の外に出てお清めを行うのが、正式なものとなります。

 

もう一つの方法として玄関の外の左右に盛り塩をして、その間を通り抜ければ塩と塩の間を歩くことで穢れを浄化することもできます。

 

余ったお清めの塩は食べられる?


塩

余った塩はもったいないと思わずにそのまま捨ててください。お清めの塩は非食品ですから食べられません。乾燥剤が入っている場合もあり、大した有害性ではないにせよ食用に利用せずに捨てるようにしましょう。罰が当たりそうでごみ箱に捨てるのは抵抗があるという場合は庭に撒いてしまうことをおすすめします。

 

まとめ


現在の日本で行われているのは仏教スタイルのお葬式がほとんどを占めていますが、仏教では、人は成仏して仏になるという考え方から生と死は一つであるとして、死は穢れたものではないというとらえ方をしています。

 

昔ながらの風習として残っているお清めの塩は、最近の仏式のお葬式においては仏教の考え方を重視して、死を穢れとして行われるお清めは行わないというケースも増えてきているのです。

 

お清めの塩の判断は宗教により様々ですが、神経質になる必要はなく気になるのであれば塩が用意されてなくてもやるべきですし、気にならないのであれば塩が用意されていてもする必要はないでしょう。